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えんかすく

どうにかして生きていく

久しぶり

ちょっとビックリしている。

 いま乗っている電車について書くのもなんだか危ない気がするが、その判断がつかない程度に驚いている。
 比較的すいている電車内。朝の人間テトリスと違って、肩のぶつからない程度で家路を急ぐ会社帰りとかコンサート帰りだとかが、つり革をつかんでスマートフォンの画面を眺めている。私も例に漏れず、更新しなくなって久しいこのブログを眺めていた。
そんな中、隣にたっている女性がチラチラと後ろを見ているのに気がついた。それも尋常でない勢いで。
 痴漢か?こんな空いてる中で?と思い横目で確認したが特に誰が触っている様子もなかった。それで、まあ何か当たったかしたのだろうと、スマートフォンを眺める作業に戻った。
 しかし、また、その女性がグワッと振り替えってうしろをにらむ。それで、これはいよいよ変態が現れたのだと思って見ると、そこにはやっぱり何もない。
 不思議に思い電車の窓の反射を利用して様子をうかがうことにした。
 また、女性が振りかえる。しかし、その前後で女性の臀部に触れるような怪しいやからは居らず。女性の背後にいる男は手に持つスポーツ紙にくぎづけだった。
 いったい、女性がどんな感覚をうけたのか知らないが、誰もなにもしていない状態で、女性は嫌らしい男性性に溢れたお手々でおしりを触られた、と勘違いしたのだ。
 女性は何度も後ろを振り返り、うすぎたない男性ハンドを探そうとする。しかし、見つからない。当たり前だ、誰も触れていないのだから。
 獅子舞のように頭をふり続け、彼女の長髪は乱れていく。というのは私の憶測で横目では確認できなかったが、ともかく、それぐらいの勢いがあって驚いた。不信というのは人をここまでさせるのか

費用対効果の良いPV

praise youでもまだ高い!という人向け

オフライン編集だけで何とかなる感じのPV集を目指す。又はただのメモ

見つけ次第、都度報告します.

Esme Patterson - "Feel Right"

単純な運動の連続でも繋ぎが良ければウキウキする映像はつくれまっせという証明

費用対効果をよくするためには、やっぱり映像の勉強が大事っすね。

Esme Patterson - "Feel Right" from Isaac Ravishankara on Vimeo.

わんこにベストアクト賞あげたい。

They Might Be Giants - "Am I Awake?"

実際にはPVでなく。コンテストで優勝した映像。

途中でちょけたのが良くないが概ねよい出来。

They Might Be Giants - Am I Awake? - by Paul & Mike Swiatek (official TMBG contest finalist) from Jesse Lindorf on Vimeo.

はぁ、人肌寂しいよぉ

Beastie boys - "3 MC and One DJ"

ビースティーは安上がりなものが多くて大好きだけれど、

なかでも安そうなものを選んでみた。

Beastie Boys - "3 MCs and One DJ" from pivic on Vimeo.

演者に頼り過ぎるというのも問題だが。

仕事が増えるとねむくなる

仕事が来月から忙しくなるらしい。仕事がなくてパトロンを求め、姫方に養って養ってといって回るほど困窮していた8月から考えると大分喜ばしい状況なのだが、しかし、いかんせん疲れる。仕事場が遠いのだ。

仕事が最大10時間という契約で実労時間が11時間程、これはまだいい。家から仕事場までが1時間30分程かかる、片道でだ。更にそれだけ時間がかかると遅延が怖いから最低でも30分前には出なければいけないので、行きは2時間掛かることになる。夜は夜で、1時間30分と思いきや、朝より本数が少ない都合から、これが不思議と2時間程かかる。だから私は、1日あたり15時間を仕事にささげているわけで、睡眠を5時間とると残りは何と4時間も余るのだから、ルンルンと歯を磨いたり顔を洗ったりご飯を食べたりで、2時間消費してやる。それでも余るのだから、ちょっと本を読むなり、ブログを書くなり、筋トレするなりするのだ。辛い。

常勤となればいいのだが、仕事が不安定な以上、実家から抜け出すことも許されない。泣きたい。でも泣けない。泣いてる時間があるなら寝たい。

合コン

夜は寒いのに若い人たちは活発で、お前も合コンに来いというセンパイの命を受け夕方の新宿を歩き回らなければいけなくなった。これからの私の話より、皆、合コンの結果に興味があると思うから先に顛末を書けば、人数不足で中止。南無三。

まあ、仮に開催となっても明日は早くから仕事だから、どのみち何もなく、さっと帰っていたのだろうが…

ともかく、私は人から評価されるというのに異常に恐怖していて、それは講評や、サークルの発表会でもそうだった。自意識過剰というのが大きいのだろうが、もっと酷いのは、私が言葉で解体される場に居たくないという気持ちである。言葉に対する信用が一切ないのだ。言葉になれば、私は誤解され簡単に覆される。怖くてしょうがない。だから実は、発話したり、日記の文章を練り上げるのも、苦痛だったりする。

そんな私が合コンなどというものに行けば結果は明らかだと思っていた。つまり、ジャッジされることを恐れ、奇行に走るというありがちな奴だ。それで、私は今まで出来る限りそういった場を避けてきたのだが、世話になっている人の好意を無下にしてまで貫くほどの方針ではないため、初めてであることを断って参加する運びとなった。いや、開催されなかったんだけどさ。

初めてだし、迷惑をかけていいほど親密な相手ばかりでないので、取り敢えず合コンというものを調べ倒してから参加しようと、いろいろgoogleさんで検索、検索。なるほど大学生と社会人の合コンは違うらしい。落ち着いたイメージなのか、と胸をなでおろしかけたが、ノリが大事という一文を読んで恐怖。どうも社会人の合コンでも結局ゲームとかするんじゃないか。なんだ、誰だ社会人の合コンはワンランク上と書いた奴は。

ダメだダメだ。私は星野源私は星野源

しかし、みんなでワーキャーはどうしても慣れない。あと、みんなが音楽やら映画やらの何が好きって話も具体的な名前を何一つ上げられなくて辛い。そんなもの曖昧なままがいい。いやしかし、そうでないと話を掘り下げられないんだから、掘り下げられそうなもをの一つくらい上げればいいんだ。黒澤清とか。いや黒澤清なんかダメだ。なんだ、何がいいんだろうか。ローコンテクストで語れるもの。岩井俊二トレマーズといっていたし、ダイハードとかで良いのかな。語感もよく似てる。なんていうか、実際優れてると語れる映画はみんながハッピーな気がするので、それで良いのだろう。そういえば斎藤工が秘宝の連載で、トレマーズのポエムみたいのを書いていた記憶があるのだが、やっぱり斎藤工も、具体的なタイトルが出ないから、岩井俊二に頼ったんじゃないだろうか。そういう意味で偉大だ、岩井俊二

それで「合コンのゲーム」という文章でパンクしてしまって、明後日の方に思考がとんだので、昨日は、じゃあ実際「合コンのゲーム」とは何か、という所まで考えが行きつかなかった。行きつく体力がなかったというのが実際だけれど。

だから、今日私がどうするつもりだったかというと、酒をかっくらって、誰よりも早くブラックアウトという作戦を練っていた。つまり、

  1. 10時には電車に乗って帰る旨を話す。
  2. 最近、酒で記憶がよく無くなると話す。
  3. 酒をかっくらう。

中止になってよかったとつくづく思っている。

出来が悪い映像はいつまで「社会問題」と勘違いされる立場でいなきゃいけないのだろうか

ちょっと書く気がしたので書く。まあホットエントリにこいつが挟まっていた。

ninicosachico.hatenablog.com

取り上げられている動画がこちら。

 出来が悪い映像というのは世の中に結構あって、そういったものは批判されるべきだと思う。ただそれは映像表現の前進の為であって、ポリティカリコネクトネスの名前を借りたイデオロギー批判はいらない。

もちろん、社会と関わりがあるものなので、時代性だとか、そういう文脈で語られるのは良くわかるけれど、映像を取り上げて「その主張は余計なおせわじゃ」って、そりゃやり方を間違えてるよ。あくまで主張のみにフォーカスすべきで、映像はその主張が存在する証拠として取り上げるべきだ。また映像自体に文句があるというなら、「その主張をする場合どのようにして映像で表現すべきか」を考えるのが筋だ。どちらにも文句があるなら、それぞれ切りわけて取り上げよう。映像としての出来の悪さと社会問題を混同したり、取り違えるのはやめてほしい。

映像のダメめさ≠主張のダメさ

こういうことは今回だけでなくて、例えばウナギ少女や、オリンピック女子高生あとはブレンディの牛高校生だとか、探せばまだあると思う。

何故こんなことになるかといえば、そもそも、その映像の出来が悪いからだ。

人間、よくわからない不快感を覚えると、自分の得意とする分野で切ろうと考えてしまう。だから、女性問題が得意という人はそれを中心に語ってしまう。もちろん、2016年版のゴーストバスターズのようにアンチフェミという視点で切られてしまうこともある。どれにも当てはまるのは、実のところ彼らの主張は、映像のダメさより、イデオロギーのダメさに対してなので、映像文化に殆ど寄与しない。どころか、その映像をイデオロギーでしか語れないようにしてしまうという点において、悪影響を与えているイデオロギーしか問題がないように語られることで、映像の品質が取り上げられないのだ。

例えば、オリンピック女子高生は「47secondsのパクリ」だとか、「女子高生と渋谷って食傷×食傷でつらい」だとか、そんな文脈で批判されてもよかったのに、勝部先生がやんちゃしたせいで語られなくなってしまった。2016年版ゴーストバスターズはリスペクトの有無や、リブートがパロディ映画的なノリで作られることの是非について議論されるべきだと思うのだが、評論家はみな口をそろえて女性主人公がどうとかという話をしている。ウナギ少女の問題は「ボーイミーツガールに見せて、ウナギでした」という構成にも関わらず「『養って』といわれて学校のプールで養う」なんて無茶な展開用意してしまったという部分だ。しかし、その文脈で語られることはもうないだろう。いい迷惑だ。

東急電鉄のCMは何が悪いのか

それで、今回の場合は何が悪いのかという話だけれど、大きく分けて2点。

  1. 本来のターゲット層に響きにくい
  2. 女優の感情が分かりにくい

個別に見ていこう

1.本来のターゲット層に響きにくい

今回のCMの内容は「車内で化粧をするのは良い印象を与えない」である。だから当然ターゲットは「車内で化粧をするのを当たり前に行う人」になるわけだ。そこでCMの構成を見てみよう。

  1. 主人公が車内で座っている
  2. 女性が化粧をしている。ストレスを感じる主人公
  3. 余裕がないないダンスを踊る主人公
  4. 再び座っている主人公が映り、ダンスは主人公の妄想とわかる

なんじゃこりゃ。

主人公がマナーオナニーしてるだけじゃないか。この構成だと「『車内で化粧をするのは良い印象をあたえない』と思っているあなたはカッコいい」としか伝わらない。いや、主人公の妄想だったとオチが付くことで「カッコいい」も伝わり切らない。

何もない。このCMは結果的に何も生み出せてない。

こっちが頑張って相手の気持ちを察してあげなければならない。それも、マナーを守る自分カッコいいとか思っている奴の気持ちを。できるかそんなもの。

例えば、完全に思いつきだが、私が構成するなら

  1. 女性2人が車内で座席に座り喋りながら化粧をしている
  2. 近くにはお年寄りがいる。迷惑そうな乗客の顔
  3. 電車の揺れでアイライナーがずれる
  4. 「ずれてませんかその感覚」的なコピーを入れる

だとか、女優をいれねばならないなら

  1. 車内。主人公と化粧をしている女性が横並びに座っている
  2. 女性の肘が主人公にぶつかる
  3. 主人公妄想世界でルージュをひったくり、女性の顔に×を書く
  4. ビックリする女性、やりきった風の主人公

とかね。

いや、いま適当に考えたのだけれど、それでも「車内で化粧をするのは良い印象を与えない」というのは明瞭になったと思う。私が意識したところは、『化粧している女性が実際に迷惑をかけているところ』そして『女性が何かしらの恥をかくこと』の2点。後者はあった方が、というくらいだが、前者はこの手のCMでは必須じゃないだろうか。少なくとも今の構成は主人公の身体性に頼り過ぎだし、残念だけれど女優さんがそれに追いついてないです。

あと、あなたの変身する姿を見たくないというのに、実際に変身していく過程をちっとも見せないのは不味い。だから、最小限の変更を施すなら、化粧が半端で片目だけが大きいとか、”変身”途中で中途半端な状態を1カット入れるべきだろう。

2.女優の感情が伝わりにくい

まずそもそもカメラが主人公の顔をあまり映さない。ダンスを撮りたいというのは分かるけど、一番の表現物である顔が隠れるのはどうなのか。このCMで優先させるべきはダンスなのか表情なのかと聞かれれば表情になると思う。例えばスパイクジョーンズのKENZO Worldだって、ちゃんと表情が映るように考えられている。(ついでに動きもきれいに映るようにしてあるのだから偉い)

つーか電車内なら座席なり手すりなり、面白そうなオブジェクトがいっぱいあるのに何故使わないのか?ちょっと良くわからない。ま、座席に立って踊るのは文句付けられそうではあるが。

話を戻そう、とにかく表情をあまり映さない。だから、主人公がどれだけ怒っているか不快に思っているかが、まったく伝わってこない。こういうのって学校で教えてないのかな?

そのせいで、なんというか問題のCMは、能面女が急に「電車内で化粧するのってみっともないよね」とぼそっと言ったにすぎず、能面男の私が言うのもあれだが、顔色変えずにそういうことをいう人は不気味だと思う。

因みにこれは歩きスマホ編についての文句なのだが、歩きスマホ=前が見えなくて危ない、という話なのに、歩きスマホをする彼の前で踊らないのは明らかに演出ミスというか、そりゃ後ろでわちゃわちゃしてるだけなら、歩きスマホをせずとも気づかないよ。せっかく目の前で起こっていることに気づかないという面白状況があるのに、それをつかわないなんて、商品価値が低くないですか、このCM。ま、できてから言うのはフェアじゃないというのもありますが。

社会問題を取り上げても映像の質は上がらない

色々言ってきたけれど、ようするに映像として質の低い物を見せられているのだから不快に感じて当然だし、それについて文句をいう必要は、私はあると思う。地方CMのようにバジェット0みたいなものならともかく、それなりに予算のついたものなわけで、その商品(CM)の質が低いというのは、広告を発注したクライアントが損をしている形となる。それを広告を受ける私達がちゃんと伝えるべきなのだ。こんなのじゃ分かりづらい、不快だ、と。そんなところとは契約を打ち切れと。さらに、映像に文句をいうことは、あなたが今後、良くわからない不快感を感じないためでもある。このくらいの質ではブーイングが起こるとわからせれば、つまらない映像を見る機会は減るだろう。もちろん酷いクライアントにぶち当たってクオリティが下がることはあるし、それはしょうがないのだが、しかしそれはそれとして、作品自体は批評されなければならない。

そして、映像の質としての問題がまず語られ、それがクリアした場合に、その主張はPC的にどうなのかと考えられるべきなのだ。でないと、PC的に正しければいいという話になって、これは一見問題なさそうなのだが、正しく伝えるという点が欠けているので、結局完成した映像がPC的にアウトという可能性は十分にある。それだと意味がない。

だから、ともかく私たちは映像をもっと積極的に評価すべきだ。

これからクリエイターはどんどん増えていく、当然映像はごまんと増えていく。予算はそこまで膨れないだろうから、バジェットの格差は大きくなるだろう。何もせず、イデオロギーでものを語れば、つまらない映像、結果的に正しくない映像を作る人間が平然とのさばる世界になってしまうだろう。どんなにあなたたちが、イデオロギーを語れども映像は改善されない。映像表現をまず語るべきなのだ。そして、いいもの悪いもの、主観でいいので意識的に選んでいくべきだ。若しくは、ある表現が、こういう文脈で読み取ればすばらしいいというなら、積極的に批評していこう。表現が、模倣され、クリシェとなり、「当然」となっていくためには、まず、この観点で素晴らしいという評価が必要だ。

ちょっと最近、不勉強な人が多くて言葉狩りのようなことが起こりそうなのが、ちょっと怖いので言うだけ言ってみた。私は寝る。

お布団がぬくくて書くことがない

嘘をついてしまった。

前回の記事

取り敢えず毎日更新は目指していこうと思う。

何かしらのアウトプットはやっぱり必要だ。

 ―それでやっぱり非モテ - えんかすく

と偉そうに書いておいて次の日に忘れるのは、まずい。しかしここ最近、眠いばかりで体に力も入らないし、何より外に出ないので特にネタもない。とにかく眠い。今も布団のなかでごろごろしながら書いている。キーボードというやつが床に置けるのが悪い。

しかし、布団というのは恐ろしい。すべてが曖昧になる。このまどろみの中で死んだらどれだけ幸せか。もし、だれかいい人が出来たとしても、布団の中で、ふたり中空をさまようように過ごすことを望みそうで、まったく、迷惑な人間だと思う。

布団の中で過ごすだけで金になるというのは、以前ジャスティン某が証明してみせたが、まあ、あれは一発ネタだから、私が同じことをして儲けられるとは思えない。それに実家暮らしの身分で顔を出すのは怖い。なにより、webカメラを買うのも面倒だ。

だから結局もっと面倒な労働を選ぶこととなる。外で働くと疲れて眠くなる。しかし、眠るためには金が必要で、働かなければならない。眠るためにつかれるのか、つかれたから眠いのか良くわからなくなってくる。鶏か卵か。

まあ、そうやってぐるぐる考えが回ってしまうのも布団が悪いわけで、本来なら悪しき布袋を滅却すべきだと思う。しかし、暖かい庇護下で考えをめぐらすのがもはや楽しくなってきてしまって、自分一人で抜け出すのは困難だ。いまや体の境界線も布団の中では曖昧で、鏡がなければ自分の姿も思い出せない。

まどろみのなかで唯一確かなのは体の重さだけで、それが睡魔から来ているというのだから、どうしようもない。

それで、特にオチはない。

それなりに読めるような物にしたいとは思ってる。

つまらなければオチでもつけるさ。

それでやっぱり非モテ - えんかすく

また、嘘をついた。

それでやっぱり非モテ

まあ、いろいろ思うところあって、つれづれ書いてみる。

このブログは僕の寂しさを紛らわすためのもの。

あとは3Dにはまっているので、それについても書く予定。

人肌恋しくてブログを書くのだから、まあ、なんというか、

何かしらの実践編みたいなものを書くかもしれない。書かないかもしれない。

取り敢えず毎日更新は目指していこうと思う。

何かしらのアウトプットはやっぱり必要だ。

 

このブログはおそらく僕が結婚するまで続くのだと思うのだけれど、

もしかしたら、結婚しても寂しければ書くかもしれない。

ともかく、20代半ばにして、

今更、恋あり青春ありをしようというのだから

それなりに読めるような物にしたいとは思ってる。

つまらなければオチでもつけるさ。

あと、一人称は私の方が楽なので、いつか変わるかも。

昔、女性と間違われてコメント欄を汚されたので、一応、対策は練っておく。